また、その水島空襲と亀島山に残る地下工場跡から、戦争や平和について考えるつどいが20日、水島勤労者福祉センターで開催されました。
これは亀島山地下工場を語りつぐ会が開いたもので、市民らおよそ30人が参加しました。会でははじめに語りつぐ会理事の難波達興さんが「水島空襲を世界史に位置づける」と題して講演しました。難波さんは講演の中で「空爆の歴史を広島や東京、水島など日本だけに限らず、東アジア地域に広げて捉えることが必要」と話しました。そして水島に軍事施設あったことが空襲を受けた大きな要因で、そこで製造されていた戦闘機は水島空襲の以前から中国・重慶など東アジアで 空爆を行ってきたことを指摘しました。難波さんは最後に「このような歴史を持つ水島こそ平和の拠点として先導的な役割を果たすべき」と締めくくりました。会ではこのほか、学徒勤労体験者や在日コリアンの体験談から過去を学んだほか、実際に亀島山へ出かけ、地下工場跡の見学も行いました。




