玉野市の常山に祭られている「常山女軍」の供養祭が行われ、地元住民らが踊りで無念の死を遂げた霊を慰めました。
常山は戦国時代に激しい合戦があった玉野市宇藤木にある標高307メートルの山です。
山頂の城跡で行われた供養祭には宇藤木地区の住民や玉野地踊保存会のメンバーなどおよそ60人が参加しました。
感染症対策のため、去年に引き続き、例年よりも人数を40人ほど減らして行われました。
常山城は天正3年(1575年)、毛利家と織田家の戦いに巻き込まれ毛利勢の総攻撃を受けました。
落城を前に、城主の上野 隆徳の妻鶴姫が侍女34人とともに敵陣に攻め込みましたが、鶴姫は最後は城に戻り自害したと伝えられています。
参加者は常山の合戦で命を落とした人々の墓に線香を供え静かに手を合わせていました。
供養祭は昭和12年に女軍塚が整備されたことをきっかけに、始まりました。
昭和50年からは口説き「常山落城記」を完成させたのを機に地踊り「かっからか」を踊り奉納しています。
女軍供養祭は、平成23年に台風で山道が被害を受け通行が困難になっていたことから2合目で行われていましたが、山道が修復された2年前からは再び山頂で供養が行われています。
参加者は踊りを奉納して霊を慰め、悲しい最後を遂げた女軍に想いを馳せていました。




